INTERVIEW
人となりを知るところからはじめないといけない。
このイエは信頼によって建ったと言っても過言ではありません。
米田理髪店
壁に掛けられた一枚の写真が目に留まりました。そこには、ジャケットに身を包み、右手にタバコ、左手はポケットに突っ込んだダンディな男性が写っています。「ああ、祖父ですよ。戦前、上海で床屋をしていたんです」。横からよく通る声が聞こえました。[米田理髪店]のオーナー・米田敦司さんです。
初代・敦顕さんが「BARBER Yoneda」を創業したのは1935年。その後、終戦で日本に戻ってきました。縁あって、長崎県・大村市で暮らすようになり、店を再開したのが1949年のことです。二代目で「米田理髪館」となり、そして敦司さんが三代目のバトンを受け取り、屋号も「米田理髪店」となりました。
これまでの歴史の中で、米田理髪店は二度のリニューアルを経験しています。最初は改装をしました。そして今回、現在の店から2kmくらい離れた大村市内の住宅街に旧店舗はありましたが、道路拡張のために立ち退きとなり、移転を余儀なくされます。「ちゃんとお金をかけて建てた店だったので愛着がありますし、何より、ぼくが生まれた場所でもあったので、とても思い入れがあったんですが、やむない事情なので頭を切り替えました」と米田さんは振り返ります。こうして現在の場所に移転。この店舗が完成したのは2017年11月のことです。
移転場所を探すものの、なかなかピンとくる土地に巡り合わなかったと振り返る米田さん。そんな折、現在の土地が見つかります。広さは実に200坪。「さすがにちょっと広いなと思いましたよ。ただ、理髪店、そして妻の店もここに移転し、さらに両親と一緒に暮らすイエを造るという諸々の条件が重なり、それだったらこの広さでも良いかなという判断になりました」。
旧店舗のリニューアルも里山建築が手掛けたこともあり、米田さんの新しい店舗も任せてもらうことに。テーマにしたのは、ニューヨークの街角にあるような、古き良き時代を感じさせるBARBERです。「参考にしたのは上海の写真ですね。あの写真が、私たち家族のルーツなので」と写真に目を向けました。
店づくりにおいて、賢太さんが念頭に置いたのが、男っぽさ。ここは基本的に米田さんが1人でカットしています。「男らしいじゃないですか、その在り方が。だから、単純にオシャレな店にして若者にも来てほしいというような、わかりやすい話ではないと思ったんです。米田さんの人となりが自然と伝わるような、人となりの延長にあるような店に仕上げたいと考えました」。
店の顔となるファサード。ここは先に米田さんが黒にすることを決めていました。そこから広がるイメージを構築するため、賢太さんは白と黒によって成り立つモノトーンの世界を頭に浮かべました。このファサードにおいては、入りやすさを考慮。窓をできる限り大きくしています。その窓には、米田さんと10数年にわたって交遊関係が続いているアーティスト・田中剛生さんによるショップのサインがカッティングシートによって貼ってあります。
カッティングシートの裏にも色が入っていて、鏡越しに見ても正対で見えるというサプライズ。ちなみに、SHOPカード、マッチの箱は、同じく長年、交流のあるアジサカコウジさんが手掛けています。
そう言って米田さんが例に挙げたのがコンクリートの床。これは海外のサロンを参考に、真鍮をアクセントに効かせています。「髪の毛を掃くという行為も絶対になくなりませんから、この掃き掃除が楽になる造りはありがたいですね」と米田さんは顔を綻ばせます。コンクリートは汚れが目立ちにくい仕様で、フルフラットのため、ロボット掃除機でも簡単に掃除が可能です。パーマをあてる際に用いる遠赤外線のマシーンを動かす際にもノンストレス。また、フラットであるおかげで、車イスでも利用しやすいユニバーサルデザインとなりました。
「この店は私が1人で作業するため、詰め込もうと思えば5台入るくらいの広さに、バーバーチェアが2台という贅沢な空間になっています。自分のペースが保てるよう、基本的に予約制です。バタバタしているところを感じさせたくないんですよね。こちらに余裕がなかったら、お客様にストレスを感じさせてしまいますから」
米田さんは現在、48歳。理髪店を継ごうと決めたのは高校時代です。それからは理容師の道一本の人生を歩んできました。そんな背景を、賢太さんは大切にしたいと、言葉に力を込めました。「3代続いたという歴史があり、だからこそ、このクラシックなテイストも違和感がないんです。この空気感は誰にでも使いこなせるわけじゃありません」。
シャンプーユニットにも里山建築ならではの仕事が息づいています。元々、プラスチック素材だったこのシャンプー台は昭和を感じるようなレトロな面持ちでしたが、さらに里山流にアレンジ。オーク材によって本体を囲い、佇まいが丸ごと、経年によって味が出る仕様にしました。また、シャンプーの際にお客様が自然に目にする天井は、ラワン材によって温かみを演出。緊張感を与えないような配慮が生きています。このラワン材の風合いに合わせ、照明もテイストを合わせました。
米田理髪店に併設するのが、妻・悦子さんが営むサロン「エステシェービング パフ」。このドアは前の店から持ってきたものを利用しています。賢太さんは「場所は変わったけど、印象は変わらないように。そんな思いで、全体をコーディネートしています。ドアに合わせて仕上げたファサードのブルーが効いているでしょ」と満面の笑み。
理髪店とサロンは裏に通路があり、自由に行き来ができます。その通路は両方の店のストックルームとして利用できる造りになっているのもポイントです。悦子さんは「仕事と暮らしが同じ敷地内になったので、昼食をとるという一つの事柄だけでも快適ですから、暮らし全体でいうと、本当に負担が減りましたね」と声を弾ませました。
「店づくりにストレス? 全然ありませんでしたね。店を建てるというのは金額も大きなものですし、やはりドキドキします。どんな風に仕上げてくれるのか。もちろん途中で図面などをチェックできますが、結局のところ、建ってみるまで分かりません。だからこそ、人となりを知るところからはじめないといけない。そう思うんです。今回、ディレクターとしてぼくら夫婦の思いを形にしてくれた賢太さんはウソがない人。こちらが投げかける言葉に対する返事はいつも信頼できるものでした。信頼によって建った。そう言っても過言ではありませんよ」
Photo:Yuki Katsumura