INTERVIEW

店づくりを通して
私は変わった。
ここはスズメたちの「庭」。

SPARROWS

長崎県東彼杵郡波佐見町 SPARROWS スパローズ

帰り際、普段は最初に聞く、いつもの質問を投げかけました。
「屋号の由来はなんですか」。

この店を訪れた僕は、いつの間にか取材というよりも、プライベートの感覚が強くなっていて、それは店主の中山さんの温かいオーラと気さくな人柄がそうさせたのですが、ライターとしてのルーティンを飛び越して、目の前に置かれたモノたちと、この広々とした空間に興味関心が引き込まれていき、すっかり屋号の由来を尋ねるのを失念していたのです。

SPARROWS店主の中山さん

Sparrowsとはスズメの意味というのはもちろん了解していました。ただ、なぜ、スズメなのか、その選択と決定の理由が知りたかったのです。
「小さなスズメたちが気まぐれに集まるような、そんな『庭』のような場所にしたかったんですよ」。
中山さんはそう言って、目を細めました。

波佐見町にこの〈SPARROWS〉がオープンしたのは2018年9月のこと。中山さんはそれまでは長崎市で暮らしていました。
「ずっとアパレルの仕事に携わっていました。ただ、その職場でずっと働いていく未来が想像しにくかったんです。それで次のステップに進もうと。別の誰かが立ち上げたお店で店長として勤めていくのではなく、自分らしい場を創るというところからチャレンジしてみたいと思ったんです。38歳の決断でした」

中山さんが心機一転の場に選んだのは、長崎市内ではなく、波佐見町です。「出身は野母崎の辺りで、海が近い街でした。ずっと海が身近にある環境でしたから、移住の場所として海からちょっと離れてみるのも新鮮で面白いかな、というような気持ちもありましたよ。ただ、何より、人ですね。みんなが温かくて。こんな人たちがいる波佐見で私も暮らしてみたいなという思いが背中を押してくれたんです」
長崎から波佐見へ向かうと、どんどん緑が近づいてくる。それがなんだか嬉しかったんですよね、と中山さんは続けました。

長崎県東彼杵郡波佐見町SPARROWS スパローズ
長崎県東彼杵郡波佐見町SPARROWS スパローズ

彼女が選んだ新たな道は、輸入雑貨や日用雑貨のセレクトショップ。自分自身が心を動かされたものだけを取り扱いたい。そんな思いが根底にはあります。

ただ、やりたいことは決まっても、それをどうやって形にすれば良いのかは分からなかったという中山さん。考えてもしょうがないとばかりに、時間を作っては度々、波佐見を訪れ、出会った人たちに「輸入雑貨や日用雑貨のセレクトショップがしたいんです!」と熱を込めて伝えていきます。すると、「じゃあ、〜さんに会ってみたら」というように、数珠繋ぎに人が人を紹介してくれたのです。

こうして出会ったのがこの大きな倉庫の一角。「ここは元々空き物件で、資材屋が入っていたみたいです。想定していたよりもずっと広いんですが、すぐに気に入って、ここで店をしようと思いました」。里山建築との出会いは、地元の商工会からの紹介でした。「一択でしたね。普通だったら、何社か候補を挙げてくれるじゃないですか。ところが、『ああ、それだったら里山さんですね』と迷うことなく、推薦してくれました」と中山さんは明るく笑います。

里山建築 里山賢太
長崎県東彼杵郡波佐見町SPARROWS スパローズ

こうして賢太さんと会うと、すぐに意気投合。中山さんの夢が動き出します。
「実は自分の店という場を造るにあたり、私には一つの思いがありました。積極的に店づくりに携わりたいということ。もちろん、ちょっとしたDIYすらやったことのない身分だったので、きっと迷惑をかけてしまうだろうとは思ったんです。でも、自分が好きなものだけを集めているのに、空間だけは人任せというのは胸を張って自分の店だと言えないような気がして。だからその思いを伝えてみました」。

賢太さんから返ってきたのは、「応援しますよ」という言葉でした。その一言が店づくりに取り組む中山さんの心をずっと支えていくことになります。「本当に嬉しかったんです。この人は、一緒に夢を叶えてくれるんだ、私の本音に耳を傾けてくれるんだ、そう思うと、勇気が湧いてきました。その後の打ち合わせでも、ああしたい、こうしたいという希望を聞くと、なぜそう思うのかというような、背景にも目を向けてくれました。想いにフォーカスしてくれたんです。あとは感覚も近いと思えました。倉庫時代の古い電気盤を残しましょうかといったような提案に、思わず『そうそう!』って盛り上がることもありましたし、本当に頼もしかったですね」。中山さんは今、この場で起きている出来事を説明するかのように、声を弾ませました。

賢太さんは「今回は倉庫というハコがあらかじめありましたから、この空間の中でどのように中山さんの夢を実現させるか、アイデアを出し合いました。まずは中山さんが最もインスパイアされた西海岸の空気感を表現すること。そして中山さんらしさが滲み出るように、ご自身の身近なものをうまく取り入れること。この2点は特に意識しました」とリノベーションの全容を解説。それを受けて、中山さんは「美しく、きれい、というよりも、気持ちよさを大事にしてもらいました。ずっとアパレルの世界で働いていましたが、誤解を恐れずに言うと洋服そのものにはそれほど興味はなくって、接客、つまりお客様と言葉を交わし、交流するという点にやりがいを感じていたんです。だからそんな人と人とのつながりが気持ちよく生まれるような、そんな場を目指しました」と微笑みます。

長崎県東彼杵郡波佐見町SPARROWS スパローズ

完成した〈SPARROWS〉のファサードは、元々の倉庫らしい無骨な表情を残しつつも、経年によって味わいが深まっていくような、精悍な顔立ちになりました。「雨樋の下の扉が元々の状態で、その右手にある扉は雨晒しの状態のため、経年変化が早く進んでいます。いずれもややグレーの色目になる木材をセレクトしています」という賢太さん。入口に掛けられた看板は2枚の板を貼り合わせ、友人に協力を得ながら中山さん自身が作り上げたものです。「看板って普通は一度付けると取り外さずにずっと使うものですよね。でも私は、そういう決めつけてしまうのが苦手なんです。だからこの看板も変えたいなと思った時に変えるような、そんな感覚で作りました」という中山さん。自由でありたい、縛られたくない―――看板はそんな彼女の生き方の象徴のように思えました。

長崎県東彼杵郡波佐見町SPARROWS スパローズ
長崎県東彼杵郡波佐見町SPARROWS スパローズ

店は高い天井を活かした開放感のある造りになっています。店内にはこの広々とした空間を活かし、選りすぐりの商品たちがゆとりを持ってディスプレイされていました。テーブルや棚など店の什器は棚2つを除き、全て廃材や古木などを有効活用して中山さんが自身で制作したオリジナルです。「そもそもミシンすら扱えなかったんですが、大工さんたちに教えてもらいながら、大工の一人というつもりで関わっていく中で、ちょっとした大工仕事ができるようになったんです」。中山さんはそう言って、店内を見渡しました。

長崎県東彼杵郡波佐見町SPARROWS スパローズ

店の入口近くに設置されたペンダントライトもまた、中山さんの手掛けた“作品”の一つ。廃材を利用して制作しようとしたところ、理想的な木が十分に足りていなかったため、山へ木の調達に出掛け、自分で枝を切り、集めた木々を組んでランプシェードにしました。思い入れの強いこの照明は、今では店のシンボルになっています。「自分が携わったからこそ、店のどこを見ても、ここは〜さんと一緒に造ったな、というように、顔が思い浮かぶんです。その度に、なんというか、原点みたいなものを思い出すんですよね」。大変でしたかと尋ねると、中山さんは「全然、大変というよりも楽しいばかりでしたよ」とさらりと返します。

長崎県東彼杵郡波佐見町SPARROWS スパローズ
長崎県東彼杵郡波佐見町SPARROWS スパローズ 中山さん

倉庫部分との仕切りとして店舗の奥に設けられた壁は、面積が大きく、この店におけるアクセントウォールに位置づけられています。賢太さんは「木の風合いがしっかり表現できる箇所ですから、まず木材は同じ1本の木からロットをとるようにし、木目と色めのムラ がなくなるように配慮しました。また、自然なエイジングを狙いながらも、オープン時からある程度、使い込んだような味を出したかったので、オイルによって風合いを表現しています。雑貨関係のディスプレイにも活用できるよう、壁の一部はパンチングボードにしました。アレンジが効くので、今後、自由に使っていけると思っています」と教えてくれました。

レジカウンターは中山さんの身長に合わせ、高さを調節。深いブルーのタイルを側面に貼り、西海岸の空気を注ぎました。また、天板は少し張り出し、バーカウンターのような形状を狙うことで、何気ない立ち話の瞬間も粋に映るように配慮しています。

スパローズ 洗面所スペース
スパローズ 洗面所スペース

木のテイストによってナチュラルな印象を受ける空間の中で、あえてアクセントにしようという意図によって造り込まれたのが洗面所スペースです。ドアはかつてポールスミスの店舗で什器として使われていたスチール製のもの。賢太さんが「洗面所は店と切り離して自由に考えて良いと伝えました」と言うと、中山さんも「それなら、とトイレの部分にはモノトーンのタイルを合わせてもらったんです。他が基本的にシンプルですから、余計に印象に残るような空間になりましたね。あの店のドア、カッコ良かったね、といったように、見た人の記憶に残るポイントを作りたかったので、その意味でも大成功だと思っています」と満面の笑みを見せました。

長崎県東彼杵郡波佐見町SPARROWS スパローズ

ひと通り店内をぐるりと見て回った後、入口近くに設けてある、船で使われるパレットを用いたフリースペースの意味がよく分かった気がしました。スズメが集まる庭のような場所に————中山さんのそんな想いが、ここには一際込められているように思えたのです。

長崎県東彼杵郡波佐見町SPARROWS スパローズ 中山さん
長崎県東彼杵郡波佐見町SPARROWS スパローズ 中山さん

「自分がこの場所をこうやって使いたいという願望はそこまでなくって、使いたいという誰かが好き勝手に活用してもらえたら良いなと思っているんです。例えば英会話スクールだって良いですし、何かのワークショップでもOK。交流の場ですね。あとは、子連れではなかなか買い物がゆっくりできないという方は、ここで子供を遊ばせてもらっても良いですよ。ちょっとしたおもちゃや絵本も、実は用意してあるんです。自分ができること、考えられることなんてたかが知れていますから。誰かのアイデアを自由に形にしてもらえたら嬉しいですね。自分に無いものは、誰かが持っている。そういえば、こういうことを教えてくれたのは波佐見の人たちですね」。

中山さんは、自分はここに来て変わったと言いました。どんな風に変わったのかは、その表情を見れば一目瞭然です。

Text:Yuichiro Yamada(KIJI)
Photo:Yuki Katsumura

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