INTERVIEW
ゆるやかにつなぎ、随所にゆとりを取り入れた
アトリエ兼ショップの心地よい関係性。
Nu|ヌウ
屋号の「NU(ヌウ)」は「縫う」という言葉から派生したのだと聞いて、なんて真っ直ぐで、飾らない人なんだろうと思いました。そして、しばらくの時間を同じ空間で過ごした後、池田きよみさんはその第一印象通りの女性であることがわかりました。
縫うことは、普段、それをしない人にとっては、特別な営みではないでしょうか。池田さんにそのようなニュアンスのことを伝えると、少し照れるように笑ってこう言った。「そんな大げさなことではないですよ。私の場合、小学生の頃からミシンでチクチクと遊んでいた延長に、今がある感じですから」。
幼い頃からミシンが側にあった池田さんにとって、縫うことは日常。そんな日常の営みは、いつしか生活の一部から、仕事へと姿を変えていきました。専門学校でデザインを学んだ池田さんは、卒業後、佐世保にある縫製工場に就職。そこから今日まで続く洋服づくりのキャリアがスタートします。その工場を3年で退職し、自分のペースで服づくりを続けることにしました。
ただ、服づくりと言っても、池田さんの場合、作家という肩書きはなんだかしっくりきません。どちらかというと職人という言葉のほうが適しているように思います。それはきっと、池田さんが自己表現のために作りたい服を作っているのではなく、それを求める人のために作っているからでしょう。
「ずっと縫うことを続けてきましたが、そんな中でも、私自身の心持ちが変わることによって、その表現方法も変化してきたように思います」という池田さん。今は、自然素材で作ること、既製の洋服が合わない人のために縫うこと、この2つを意識しながら、オーダーメイドによる服づくりに情熱を傾けています。
そんな池田さんの活動の拠点は、佐賀県・有田町。2014年に完成したこの建物は店舗兼住居です。この店舗にあてられた空間には、奥に縫製のためのアトリエスペースがあり、入口側は自身の作品やセレクトした作家もののウエアや服飾雑貨を販売するショップスペースとして活用されています。
アクセントカラーに紺色を取り入れたアトリエスペースには、布や糸といった材料のストック場所を十分に確保しつつも、作業効率が良くなるような動線が心掛けてあります。Nuの洋服づくりは、池田さんによるソロワーク。そのアトリエは、快適に利用できるよう、細かな配慮が散りばめてあります。店舗部分と完全に仕切ってしまうと圧迫感が出てしまうため、その境界にはカーテンを採用。作業をしていても、来店に気が付ける上に、視界の広さが確保できました。
そして、2018年、アトリエを拡張。元々和室だった一室の床を取り払い、アトリエからひと続きになった空間を創出しました。ここは工房兼展示スペースという位置付け。中央に置かれた大きなテーブルは、普段はパターン制作など服づくりに活用されているほか、不定期で開催されているイベント時には商品のディスプレイにも利用されています。
クラフトマンシップが息づくアトリエから続くショップスペースは白を貴重にコーディネート。やわらかな空気が流れるこの空間は必要最小限に留めた窓が魅せます。賢太さんは「洋服をディスプレイするので日焼けは絶対にNGです。ただ、それだからといって窓を全く作らないと閉塞感が出てしまいます。窓を最小限にしつつ、それでいて、効果的に使えないかと考えた結果、コーナーに取り入れることにしました」と説明。
ガラス窓とガラス窓の間に強度確保のための柱を入れず、それら2枚をコーナーで直角につなげることにより、開放感がグンと増しています。このガラスには紫外線カットの加工が施されたものを採用しました。窓越しに広がるのは、シンボルツリーが蓄えた鮮やかなグリーン。とても気持ちがいい時間が流れています。
ショップのインテリアになっている什器は、池田さんが故郷の小値賀島から持ってきたものが大半を占めています。中には階段を逆向きに垂直にした棚もあるなど、空間コーディネートにセンスが光ります。
空間づくりにおいては、“ゆとり”もキーワード。例えば、アトリエとショップの中間に設けられたカウンターは、幅を広めにとってあります。このカウンターは、洋服を広げ、ディテールの説明をするシチュエーションを想定し、形にしたものです。
賢太さんは「カウンターの幅が狭いと、お客様との距離が近くなりすぎると思ったんです。気持ちを伝え、意思疎通をはかった上で服づくりを進めていくオーダーメイドは十分な対話が重要だろうと考え、遠すぎず、近すぎない適度な距離感を保つことも意識しました」と笑顔を見せます。
もう一つのゆとりのスペースは試着室。半円状で、お子様連れのお客様でも一緒に入れる広さがあります。未使用時にカーテンを開いておけば、店内のスペースを圧迫しません。
ファサードは地面との間に少しだけ空間を作り出すことで、海に浮かぶ舟をイメージしました。外壁には、ベイスギのラフ材を採用。グレーにペイントし、あえて凹凸を作り、その経年変化が楽しめるようになっています。
「今すぐに家を建てたいというわけでもなかったんですが、いつか建てることになるだろうと思って、一度見ておこうかな、という軽い気持ちで見学させてもらったんです」と池田さんが言えば、賢太さんも「出会いはかれこれ10年以上前ですね。元々、共通の友人が多く、その一人から夏に小値賀島に遊びに行こうと誘われたんですよ。その行き先が池田さんの実家だったんです。本当に広い家で、びっくりしましたよ」と笑顔で返します。現在、その小値賀の家にも、アトリエスペースを造ったという池田さん。小値賀で「縫う」ことは、とても良いリフレッシュになっているそうです。
「こうして本当に建てることになった際、他の住宅メーカーに依頼するという選択肢はありませんでした。これまでに培ってきた信頼関係ですかね。実際に家を建てることになると、全てにおいて気が利いていたんです。例えば何かを提案してくれるときも、無限にある選択肢の中から、最初から私好みの10くらいまで絞り込んでくれていて。とても頼もしかったですね」
Photo:Yuki Katsumura