INTERVIEW
人、モノ、地域をつなぐ
波佐見の中央エリアの
新たなランドマークに。
金富良舎(こんぷらしゃ)
波佐見といえば、全国に知られる陶磁器の町です。この地でおよそ400年にわたって育まれてきた波佐見焼の文化。その波佐見焼の多くは「中尾山」に集まる数多の窯元でつくられてきました。世界最大級といわれる登窯の跡地、煉瓦造りの味わい深い煙突が今も残る「中尾山」は長く波佐見の文化を牽引してきた波佐見の聖地と言えます。この地で生まれた器たちが波佐見の名を広く世に知らしめました。
「中尾山」で育まれた波佐見のカルチャーを引き継いだのが「西の原」。観光地、そして遊びの場として感度の高い人々が波佐見へ訪れるきっかけになった人気スポットで、約1,500坪という広大な敷地にカフェや雑貨店が集まっています。
「『西の原』があるのは波佐見の北部です。『金富良舎』の誕生にはそんな北の顔である『西の原』に対して、中央の拠点になるような場をつくりたいという思いがありました」
この「金富良舎」は昭和8年に完成した旧銀行の跡地を利用した地域のコミュニティスペースです。名前の由来はポルトガル語で「仲買人」という意味の「コンプラドール(comprador)」。賢太さんは「実はこのコミュニティスペースとしての『金富良舎』が生まれる以前に、『一般社団法人 金富良舎』の発足があったんです。『一般社団法人 金富良舎』では、アートと窯業、デザインと農業、仕事と高校生、波佐見と海外といったように、ヒトとヒト、モノとモノとをつなげることで地場産業と異業種のコミュニティの輪を生み出し、波佐見から新しい文化や価値観を作り出し、発信することを目的とした事業を展開しています。建物としての『金富良舎』はその活動拠点でもあります」と教えてくれました。
「金富良舎」では、普段はコーヒーなどが楽しめるカフェとして営業するほか、不定期で人と人とをつなげるイベントを実施。そのような側面に加え、「一般社団法人 金富良舎」の活動として会議や打ち合わせも随時、この場所で行われます。
賢太さんは「一般社団法人 金富良舎」の発起人の一人で、現在は副代表として活動。そんな背景もあり、この旧銀行だった「金富良舎」のリノベーションは里山建築が手掛けることになりました。
「建物の外は手を加えることなく、当時のままですね。ただ、建物の内部は大きく手を加えました。というのが、僕たちがこの建物を借りる以前は、銀行の社宅だったんですよ」
賢太さんがそう言って入口のドアを開くと、その向こうに広がっていたのは仕切りのない広々とした空間。重厚な鉄筋コンクリート造りの洋館の佇まいがもたらす印象そのままの、昭和を彷彿とさせる一室です。とても社宅だったようには見えません。
「現在のこの空間を見た後では信じられないかもしれませんが、本当に室内は日本中、どこにでもあるような普通の住居だったんですよ。キッチンやリビングはもちろん、畳が敷かれた和室もあったんですから」と賢太さんは苦笑い。その言葉を聞いてもなかなか信じられません。
実際のリノベーションにおいては、過去に撮影された古い写真だけが頼りだったそうです。「床も見えない、天井も 見えないという状態だったので、正直、床や天井を剥がした後、どんな状態なのか不安でした。ただ、長年の経験から、こういう外観だったので、きっと大丈夫だろうと思って解体してみたところ、思った以上に良いコンディションで安心しました。そこから昔の写真を参考に、改修を進めていきました」。そう言って、賢太さんは建物内部の説明をしてくれました。
在りし日の旧銀行の空気が蘇るように力を注いだという賢太さん。ドアを開けるとすぐに目に飛び込んできたのが、バーカウンターでした。このバーカウンターを起点に、手前に喫茶スペースを設け、向かって右にはお手洗いを配置しました。喫茶スペースは床を一段上げることで、ファジーに空間のトーンを切り替えています。一段上がったラインを目で追っていくと、向かって右手が直角ではなく、カーブになっているのに気付きました。
「この部分は、元々銀行のカウンターがあったラインをそのまま生かしたんですよ。昔はこういう風にカウンターがカーブしていたみたいですね。カーブにすると直角で処理するよりもやわらかさが生まれますから、この重厚な建物において良いアクセントになるかなと考えました」
やや黄色味を帯びた味わいのある石材なので、当時のものを生かしているのだと思ったら、これは職人による人造石研ぎ出しという仕上げによるもので、元々、床に敷き詰められていた石材とも違和感なく溶け込んでいます。
一段上がった喫茶のフロアには深みのある色目の板材をチョイス。アンティークのテーブル、里山建築オリジナルのテーブルはいずれも床の色を踏まえて合わせたものです。壁面の大半はホワイト、下部分は淡いグレーと続き、床のブラウンで完結する美しい色の連なりは、室内に格調をもたらすとともに、ここで過ごす人々の心を和らげます。
喫茶スペースに向かって左手が元々の金庫を利用したディスプレイルーム。内部はオフホワイトでペイントしてあり、ここではアート作品を展示しています。現在は「一般社団法人 金富良舎」の代表であり、現代芸術家・松尾栄太郎さんによるORIZURU PROJECTの作品がディスプレイされていました。
今回の改修で最も苦労したのが窓の仕上げだったという賢太さん。建物の上段にある窓については、外側がコンクリートで埋め込まれていたため、そのコンクリートを崩しました。一方、建物の内側については、窓の木枠の下半分が無くなっていたため、これを復元。一見すると全く分かりませんが、実は職人技が凝縮した大工仕事の結晶です。
「今だったら窓枠一つとっても有りものの建築資材があり、それを選んで組み込めば良いのですが、昔はそういった素材自体がなかったので、職人が全て技術によってやってのけていたんですよね。こうやって復元すると、細かなアールの仕上げ一つとってもなかなか手が込んでいるのが分かります。昔の職人さんの高い技術に時を超えて触れられ、背筋が伸びる思いでした」
ハンドドリップによるコーヒーを飲みながら、よくよく店内を見渡してみると、木材のシャンデリアであったり、フロアの両サイドに設置された照明の土台にも木材があしらわれていたり、随所に里山建築らしい木のぬくもりが取り入れてあることが分かりました。
「この建物そのものの魅力を最大限に生かすことを目指したので、例えばトイレを新たに設ける際にカベを造ったんですが、エアコンが目立たないよう、壁で囲うようにしました。昭和初期の建物に、現代のエアコンはちょっとミスマッチだと思ったからです。全体を通してデザインにおいてはクラシックを意識しました」 今後はこの「金富良舎」が波佐見の中央におけるランドマークとなるよう、活用していくのだという賢太さん。「金富良舎」の周囲には、昔ながらの建物が残っています。今後、界隈の使われていない建物が活用されていくことも目指しているそう。
「西の原は外に向けた場所。観光などによって波佐見町の外からの人々が集まってきています。一方で、この金富良舎は地元に向けた場所。ここには波佐見で暮らす人々が普段から気軽に立ち寄ってほしいと思っています。また、同時に、西の原に何度も訪れたことがある人々に、もっと波佐見を深く知ってもらう際に中央の金富良舎へと足を延ばしてほしいと願っています」
Photo:Yuki Katsumura