INTERVIEW
ここは完成しない家。
ずっと作り続けられることが、
僕にとって何よりの楽しみになっています。
I邸
Kさんが生まれ育った波佐見町で暮らすIさんご家族。その住まいは築40年の平屋をリノベーションした家でした。
Kさんは「それまで3年くらい波佐見町内の借家で暮らしていました。いつか良い住まいに巡り会えたらいいなと思っていたんです」と振り返ります。Iさん夫妻にとって、新築という発想は元々なかったそう。
「経年によって生まれる味わいでしょうか。新築では出せない味を出したかったんですよね。この家は妻が見つけてきたんです」というKさんに、妻のYさんは「実は空き家探しが大好きなんです。間取りなどを見ていると、夢が膨らみますよね。ここはインターネットにもそんなに情報が出ていなくて、本当に、偶然出会えました」と続けます。そして、どこに惹かれたのかという問いに、Kさんは「強くアピールしてないところがよかったかな」と笑顔を見せました。
確かに、広い敷地ではありますが、その家は周囲の風景に溶け込んでいて、この場所にしっかり根付いているような印象を受けました。
「陽当たりが抜群だったのも良かったですね。僕の実家は朝には朝日が、夕暮れ時には夕日が見えるような、そんな場所だったんです。日々の移り変わりが感じられる家でした。そんな実家に似た空気に惹かれたのかもしれませんね」
Kさんは契約前に何度もこの家に足を運び、夫婦でイメージを膨らませていきました。そして最終的に「今後、これ以上の物件とは出会えないかな」と思い、購入を決断します。
「家はもちろん、この土地にも魅力を感じました。子供と一緒に外でしっかり遊べること。これも家探しの中で重要な要素だったんです。ここは自然が隣り合わせというロケーション。のびのび育てられるかなと思いました」。Kさんはそう言って、長男にやさしい眼差しを向けました。
家をリノベーションするにあたり、Iさん夫妻が選んだのが里山建築でした。「以前から波佐見のイベントなどで賢太さんとお会いすることが多くって。そのような付き合いの中で、自分たちが良いと思うものを分かってくれそうだな、という確信がありました。それと、僕たち夫婦のわがままを聞いてくれそうという点でしょうか。これも大きかったですね」とKさんは笑顔を見せます。
Kさんは元々、シューズメーカーでデザインを担当。その後、車椅子メーカーで設計、木工、溶接職人として経験を積み、セレクトショップでの勤務を経て、現在はデザインに関する仕事に携わっています。妻のYさんもまた、元々、デザインに関する仕事に従事。夫婦ともにデザインに関しては一家言あり、家づくりにおいて、その経験と見識、培ってきたセンスが遺憾無く発揮されることになります。
家づくりはまずKさんが夫婦で思い描く理想のイメージをスケッチブックに起こし、そのラフスケッチに必要な部分にはイメージ写真を添え、それを形にしていくような感覚で進んでいきました。
「さらにメールで何度もやりとりしましたね。自分たちの考えをどうやったら伝えられるか、そのための努力は十二分にしたと思います」というKさんに、賢太さんは頷きながら、「合言葉はCasa BRUTUSでしたね。Casaに掲載されるような家に仕上げようと、現場でも楽しみながら施工を進めたのが記憶に残っています」と返します。
Iさんご家族の新たな家はLDKを中心に、寝室、そして4つの部屋を備えるというゆとりのある間取りです。
「最初からまずはLDKと寝室、そして玄関周りに集中しようと決め、着手しました。広い家ですから、全部を一気に進めようと思うと時間もお金もまとめて掛かってしまいます。現在、家の半分くらいが手付かずでそのままになっていますが、自分でもある程度の工事はできるので、プロにこの家のベースを造ってもらおうという方針にしたんです」
購入した民家へと実際に手を入れるにあたり、その現場はセッションのようでした。着工すると代表・里山達成さんは、Kさんが自身でイメージをまとめたラフスケッチを見ながら、現状の家の何が使えるか、何を取り去るべきか、即興的なやりとりを重ねていきます。
賢太さんは「壊しつつ、造るというイメージでしょうか。実際に天井を抜き、床を剥がしてみないと、どの程度、柱が生きているのか分かりませんからね。現状をじっくり観察し、その上で、取捨選択をしなければなりません。念頭に置かなければならないのは、これから末永くこの場所でIさんご家族が暮らすということ。だから、十分な強度を残すことは最も重要視しました」と言葉に力を込めます。
完成した家のLDKは、元々畳敷だった二間をつなげ、1フロアに。さらにL字型の縁側もLDKの空間に組み入れることで、さらに広さを生み出しました。この空間においてアクセントになっているのが、天井を抜いたことで表に出た梁、そして玄関との境目にある大きな引き戸です。
「天井については、敷き詰めた板も梁の色味と調和するようなものを選びました。目に見えない天井の隙間には断熱材を入れています。天井が高くなるとどうしても空調に影響しますが、暮らしやすさはしっかり考慮していますよ」という賢太さん。もう一つのアクセントである引き戸は、目線の高さにガラスを組み入れ、圧迫感を軽減。開放すると玄関スペースまでもがLDKに違和感なくつながるような一体感が生まれます。
子供の玩具、Kさんの工具、アウトドアグッズ、自転車などがシューズとともに置かれた玄関スペースは決して物が少ないとは言えませんが、このゆとりを持たせた空間のおかげで、雑然とはせず、いかにも使いやすそうな状態でディスプレイ収納されているのが印象的。賢太さんは「畳の下にあった座板を再利用し、下駄箱の壁にして活用しています。この座板は結構な量が確保できたので、キッチンにも取り入れていますよ」と台所へ目を向けました。
料理も趣味だというKさんはキッチン周りにも並々ならぬ情熱を傾けています。ソーラー発電による電力を取り入れていますが、料理には火を使いたいという思いから、キッチンにガスコンロを取り入れ、将来的にガスオーブンを取り入れられるよう、オーブン設置のためのスペースも確保しました。
「完成しない家、でしょうか。ずっと作り続けられることが、僕にとって何よりの楽しみになっています」
Kさんの手に掛かれば、テーブル、イス、ベンチも自作できる対象です。実際、車イスの製作を通じて得たノウハウによって、ある程度の溶接まで自身で手掛けています。例えばリビングの中央に置かれたダイニングテーブル。これはKさんが選んだ天板を元に、そのサイズに合わせてステンレスを加工して足を作成しました。とても手作りとは思えないクオリティです。
「普段から物を見る時、どうやったら自分で作れるだろうかという目で観察してしまうんです。これは真似できそうだなとか、この手法は応用できそうだなとか、普段からそんな調子で。物の作りそのものであったり、製造方法であったりを学んできている分、プロの仕事に対して尊敬の念を抱きます。里山さんについては、提案と引き出しの多さにはとても感心しました。これをこう応用するのか、といったように、本当に工事中も楽しかったです。この場所だからこそできる家づくりができたんじゃないかなと思っています」
Photo:Yuki Katsumura