INTERVIEW
大工として生きていく。
この家は意思表示であり、
始まりの第一歩。
東島邸
「幼い頃から大工として働く父のことはカッコいいなと思っていました。やっぱり一人の職人として、手に職があるプロですから。ただ、だからといって自分も大工になろうとは思っていなかったんです。近い存在だけに、華やかな職人としての姿の裏側に苦労や厳しさも多いことを知っていましたから。苦労を知っているからこそ、踏ん切りがつかなかったんです」
東島寿仁さんはそう言って、手元を見つめました。父親からは幼い頃から跡を継いで大工にならないかと誘われていたそう。ただ、東島さんの言葉にもあるように、その決断に至るまでには大きな葛藤がありました。
「それでも、やっぱり心のどこかで『大工として生きてみたい』という憧れの思いがあったんですよね。自分が20代、30代と歳を重ねるごとに、このままだと後悔しそうだという気持ちが強くなっていって。歳をとるほどに大工としてのキャリアのスタートが遅くなり、1人前になった時の年齢が気になってきて、このまま決断できずに、どんどん月日だけが過ぎてしまうと、本当に手遅れになってしまうんじゃないかという思いがありました」
そんな東島さんの背中を押したのは、家族の存在でした。妻の康枝さんは「夫には生き生きと働いていてほしい。働きながら息苦しい思いをしてほしくないなと思ったんです。家庭のために自分がやりたかったことを我慢した、というようにこの先、後悔してほしくなかったんです。納得いくようにやってみて、ダメだったらその時にまた考えてみればいい。そう伝えたんですよ」と当時を振り返りました。
東島さんもその言葉に続けて、「確かに大工になる以前の仕事にもやりがいはありました。ただ、一生の仕事だとは思えていなかったんです。いつか辞める日が来るだろうなと思いながら働いている姿を子供たちには見せたくない。妻に相談したところ、今、話してくれたように、気持ちよく『後悔しないようにやってみたら』と賛同してもらえ、それでようやく決意できました」と笑顔を見せます。
こうして大工となる決意を固めた東島さん。ご縁があり、里山建築に入社することになり、現在、2年が経ちました。そんな東島さんには大工になって叶えたい夢がありました。それは自分の家を棟梁として自ら建てること。そして、その夢は静かに動き出します。「ある時、賢太さん(※1)に自分の夢を話しました。もちろん、自分でもよく分かっていましたよ。大工としてはまだまだ1人前には程遠いということは。ただ、自分で責任が持てる自宅だからこそ、二度とない学びのチャンスだと思えたんです」という東島さん。賢太さんは「もちろん、大工としてやるべきこと、覚えることはまだまだ山のようにありましたが、実際に家を建ててみることが何よりの成長になると思い、彼の志願を受け入れたんです」とその意図を教えてくれました。
こうして2020年の春、里山建築で共に働く仲間たち、そして自身の父親にも力を借りながら、東島さんの家づくりがスタートします。
そして2020年11月、ついに迎えた竣工の日、東島さんはそれまでの日々を思い返したそうです。「本当に勉強になることばかりでした。毎日が成長のための課題の連続だったように思います。そして、結果として、一気にレベルが上がったことも実感しています。家を建てると言っても、ただ木材を切り、削り、そして釘を打ち、組み上げていくという単純な話ではありません。その前に原材料を仕入れなければならないのですが、一気に現場に資材が届くと置き場がありませんし、複数の業者が無闇に押し寄せて作業をしても現場が混乱するだけ。円滑に作業を進めることができません。そういった材料のタイムリーな発注、業者とのスケジュール調整のやりとりなど、家づくりにおける全体像を俯瞰し、知ることができたのは何よりの財産になりました」という東島さん。
賢太さんは「どうすればスムーズにできるか、学びが多かったと思いますね。そして、知っているつもりだったことにも理解が深まり、気付きの機会にもなったのではないでしょうか。次に別の現場に入った時にはこれまでと違う視点が持てるでしょうから、里山建築としても得るものが大きかったと考えています」と言葉に力を込めました。
完成した東島さんの家があるのは、佐賀県武雄市。この地は夫婦それぞれの地元で、現在は東島さん夫婦、そして長男、長女の4人で暮らしています。この家が建つ以前も同市内の借家に住んでいたという東島さん。ただ、その借家があったのは、同じ市内でも周囲に木々が生い茂ったずいぶんと山手のほうだったそう。そしてその山中での暮らしこそが、東島さん家族の理想でした。
康枝さんはふとこんなことを口にしました。「以前の山の中の家は決して便利な立地ではありませんでしたし、虫もいればカビも生えやすいという大変な部分もたくさんありました。ただ、そんな環境の中で暮らしているうちに、それが当たり前になるとある程度は寛容になれたんですね。その暮らしがベースにあったので、この場所に山での暮らしを持ってきたかったんです。山のようにこの町で暮らす、でしょうか。そういう暮らしができるような家になったと思っています」。
元々は平屋を希望していましたが、駐車スペースを考慮し、限られた土地を有効活用できる二階建てに。見る人に温かみを伝える建物の壁には杉板を惜しみなく使います。ハーブや鉱物で作られた自然素材の塗料を用い、家族、そして友人たちにも塗装を手伝ってもらい、実に1週間もの時間をかけて仕上げました。
将来的には一階の一部を康枝さんの美容室として開業する予定になっています。そのため、東島さんはその店舗の入口部分だけは他と色味を変え、お客様が視認しやすくなる工夫を盛り込みました。
玄関を入ると高い天井からやさしく差し込んでくる太陽の光が心地よく、とても広々としているのに、包み込まれるような不思議な感覚に。その玄関の一角には東島夫妻の念願だった薪ストーブが堂々と鎮座します。「本当は山にあった家と同じように薪風呂まで作りたかったんですが、薪ストーブだけでも十分、満足していますよ」と笑顔を見せる東島さん。
玄関からそのまま続くLDKは東島家の中心。リビングからシームレスにつながる畳敷きのスペースまで、気持ちのよい空気感が行き渡っています。康枝さんは「全体的にシンプルで飾らないをテーマに家づくりを進めてもらいました。素朴で、自然を感じるような、そんな家になったと思っています。暮らしやすさを第一に、使い勝手が良い間取りも意識してもらいました」と微笑みます。東島さんも「自分で建てるからこそ、あえて作り込んでフィックスさせず、遊び、余白を作っておくというか、いつでも動かしたり、付け加えたりできるようにしているんです。きっと住んでいるうちに、気になるところは出てくるはずですから。それを踏まえて、自分で手を加えていくことを前提にしています」とうなずきました。
リビングを見渡せるキッチンは作業スペースを挟んでその対面にある作業台を兼ねた収納棚との間隔がゆったりと設けてあります。「実はそこまで広くなくてもよかったんですが、私の将来的な店舗へキッチンからすぐに行けるように勝手口を作っていて、そのドアの広さに合わせた結果、通路が広くなったんです。結果的には料理をしている時に圧迫感が全くないので、広くなってよかったですね。キッチンが一つの部屋みたいです」とにっこり微笑む康枝さん。そのキッチンの収納棚にはラワン材の合板を取り入れ、木目を生かす手法を採用しました。こうして生まれたナチュラルな収納棚は経年による味わいの深まりも魅力の一つ。この先、どんどんキッチンに馴染んでいきます。
そのキッチンと店舗との境界に設けた勝手口の戸を開くと、そこには土間仕様のパントリーが顔を覗かせます。「野菜、そして飲み水を置く場所としてパントリーはほしかったんですが、できる限り涼しい、自然に近い環境にしておきたくて。それでパントリーを土間にしてもらったんです」という康枝さん。ウォークインの冷蔵庫のような使い勝手が得られたパントリーは、東島家の生活スタイルにぴったりです。パントリーには食料品のほか、使用頻度の低い器類も収納しています。
東島さんにとって思い入れのある場所は畳敷きスペースに取り入れた1Fの木造の窓枠でした。「外の壁が木材で良い感じに仕上がっているのに、窓のサッシがアルミ製だとちょっと見た目において寂しいなと思って。もちろんサッシのほうが機密性も高く、一般的には快適なのかもしれません。ただ、山での暮らしを思い返した時、隙間から風が入ってくる感じが自然に近くて好きだったんですよね。暑い時は暑いし、寒い時は寒い。快適なのは素晴らしいことだと思うんですが、それよりも自分が自分らしくいられる、きっちりし過ぎていない家にしたかったんです。それで最終的に木のサッシを選びました」。
階段にも東島さんの大工として生きる未来に賭ける思いが詰まっています。「直角に折り返す階段にすればものすごく楽だったんですが、あえて難易度の高い斜めに折り返す仕様にしました。斜めにすると、1度にも満たないほんの少しの角度の違いでぴっちり組み上がりません。簡単なほうを選ばないことは、自分自身のこれからに向けた決意表明です。この先、階段を上り下りする度に、初心を思い出し、背筋が伸ばしたいですね」とやさしい眼差しを向けました。
二階には夫婦の寝室、子供部屋のほか、リビング上のスペースを生かし、夫婦で利用できるちょっとしたフリースペースを造作。このフリースペースとリビングとの間に完全に仕切る壁がないため、フリースペースにいても緩やかに家族とのつながりが感じられます。
「一生に一度の出来事にあたって、自分たちが大切にしているものや好きなものと向き合い、一つ一つ決めていく家づくりの過程は結婚式に似ているなと思ったんです」という康枝さん。東島さんも「家を自分で建てたいという夢を叶えることは、家族とのこれからを考えることでしたね。家族とは、自分とは、そんな自問自答をする中で出した答えがこの家です」と続け、家族を見つめました。
建てて終わりではなく、これからが始まり。棟梁としての初仕事となった新しいこの家は、東島さん一家と共に歩んでいく家族の一員となりました。
Photo:Yuki Katsumura
※1 里山賢太・株式会社里山建築 専務
種別 | 新築 |
用途 | 住宅 |
構造 | 木造 |
竣工 | 2020年11月 |
所在地 | 佐賀県武雄市 |