INTERVIEW

感情の行先を作り
積極的に動かす。
スタンスの時代の店づくり。

bowl

記憶に残る店と、そうでない店。その違いは何だろうか。自分にとってすごく深いテーマで、取材に訪れた際には、そういう目線で目の前に広がる空間やモノ、そして人を見てしまう。この「bowl」は前者だなと思った瞬間、あの日が思い出されました。
その日、ぼくは大阪発の素晴らしいマガジン「インセクツ」を出版している発行人であり、編集長である松村さんによる「良い店ってなんだろう」というテーマのトークイベントに登壇させてもらった。その日、二人でああだこうだと良い店についての話を展開。難しいけど、楽しい問い。その中でぼくなりにわかったことは、良い店の答えは一つではないということ。そして、「記憶に残る」というポイントは、良い店を構成する普遍的な要素の一つだと思えたのです。

Webサイトには「店名bowl(ボウル)は形のないものごとを受けとめる“うつわ”のようなものになりたいという意味をこめました」と、屋号の由来が記してありました。
店長・高塚裕子さんの意図している“うつわ”は、きっと「物を入れるもの、入れ物、容器」を意味していると思うのですが、ぼくには辞書に載っているもう一つの意味のほうがしっくりきます。「人物や能力などの大きさ、器量」———今、こうしてあの場所で過ごした時間がなんだったのかと反芻している中でも、やはり、こちらの意味だなと思えるのです。店というよりも、高塚さんという“うつわ”。そういう目線で店を眺めると、モノたちとの距離がさらに近く感じられました。
 

「bowl」の開業は2018年4月。そのきっかけは有田の地域活性を手がける「有田まちづくり公社」によるアクションでした。「元々、この建物は築100年以上経っている陶磁器商家だったんです。ここを利用し、地域の魅力を発信できるようなセレクトショップを作ろうという話になり、声を掛けてもらいました」。高塚さんは有田町と県境を挟んで隣り合う長崎県波佐見町にある生活雑貨のセレクトショップ「HANAわくすい」の運営を任され、県外にも知られる人気店に育て上げた人物です。その実績を買われて「bowl」の立ち上げ、そして店長という立場で店舗の実働部分の全てを請け負うことになりました。

高塚さんの店づくりには、きっと多くの人にとって、それはぼくにとってもそうなのですが、独特だと感じさせる方法論が息づいています。
最も印象に残っているのが、有田焼の“ドレスダウン”。ファッションでいうところの“着崩し”です。男性のぼくなら、テーラードジャケットにスニーカーを合わせるような、そんなファッション的なアプローチを、高塚さんは焼き物に取り入れました。

高塚さんは前職である「HANAわくすい」では、ドレスダウンとは真逆のアプローチにあたる“カジュアルアップ”によって波佐見焼を演出した経験があります。

今でこそ、波佐見焼と聞けばピンとくる人が多いように思いますが、それは割と最近の出来事なのだと高塚さんは教えてくれました。

「20年前くらいまでは歴史史上、波佐見焼の認知を市場が期待していなかったし、名乗る必要もありませんでした。生産のスタートした400年前から『波佐見焼』と名乗るチャンスが無かったわけです。それが20年前に様々な商品の産地偽造問題が噴出する世情と不景気から、歴史上始まって以来、初めて波佐見焼は独り立ちの機会を余儀なくされた背景があります」

歴史自体は長い波佐見焼ですが、そのアイデンティティを獲得してからは他の産地に比べて日が浅い。そのようなタイミングに、まさにその波佐見焼を中心に据えたセレクトショップを運営するのは不利なように思えますが、高塚さんの考えは違いました。

「HANAわくすいの商品構成に素人ながら勝算を持っていたのは、波佐見の産地問屋に出入りしていた、一流のデザイナーやバイヤーたちの存在を知っていたからです。この方たちに見つけてもらい、噂を広げてもらえたら早いと直感しましたから。一流を知っている方々だからこそ、きっと届くと思ったんです」

決して高価ではないのに、毎日使う中で一切のストレスがなく、それでいてデザインも気が利いていて、気がついたらいつも側に置いている。ぼくがイメージする波佐見焼は、そんな気兼ねなく付き合える友達のような存在です。
高塚さんはそんな波佐見焼の「焼きもの」という括りを取り払い、新たに「生活の道具」という大きな括りをあてはめました。そして高塚さんがセレクトした魅力的な生活雑貨と一緒に並べ、カジュアルアップして販売するようになったところ、どんどん販売数が増えていったそう。

「世の中の空気というのか、人々の興味がそっちに向き始めていた頃で追い風でしたね。やっぱり、ニーズが広がっていく方へ向けていかないといけない。今、bowlで実践している有田焼のドレスダウンは、波佐見と逆ですね。有田焼自体、ハレの日の道具ですから、これを日常的に使ってもらえるように、少しトーンを下げる必要があると思ったんです。有田焼を高級な器ではなく“贅沢の器”として、暮らしの中で積極的に取り入れてほしい」

さらに高塚さんは「自分のポジションをわかってないと、勝負にならない。売れていないモノにはやっぱり理由があって、流行という誰もが目指すべき軸に対して上がらないといけないのに下がったりしているんですよね。それだとうまくいかないんです」と続けました。

こうして「bowl」の軸になる有田焼の立ち位置は決まりました。では、その主役である有田焼をどのような店づくりによって魅せるのか。そこにも高塚さんならではの感性が光っていました。
「モノに良いも悪いもないというのが私の持論なんです」という高塚さん。モノの価値を理解した上で、フラットに取り扱う。例えば、こういうこと。40万円もする有田焼のプレートを無造作に足元にディスプレイする。ぼくだったら絶対にできない。値段というものをモノから切り離すからこそ、こういう自由が生まれるのかと感心しました。プレートのそばに鯛の落雁の型が無造作に置かれた様は池を優雅に泳ぐように見えました。
 

40万円もする有田焼のプレートを無造作に足元にディスプレイする。
売り場に人間味あるというか。そうですね、今は感情、感覚によってディスプレイすることを意識しています

こういう調子で、店のあちこちにハッとさせる何かが散りばめてあり、店を回遊するのが楽しくてしょうがない。「センス抜群ですね」と口にしたところ、このような答えが返ってきました。

「よく誤解されてしまうんですけど、私は決してアレンジがうまいわけでも、センスが良いわけでもないんですよ。やっていることはすごくシンプルで、モノを整理して見せているだけです。その整理の法則が他とはちょっと違うのかもしれませんね。例えば、今は感情、感覚によってディスプレイすることを意識しています」

普通だったら、ここには文具、ここには食器というように、売り場をカテゴリーごとに区切り、そのカテゴリーにマッチする、もしくは関連する商品を集めて陳列するのが一般的だと思います。ところが、高塚さんの場合、「この棚は少年っぽさでまとめよう」「ここは、懐かしさを感じるエリアにしたいな」というように、喜怒哀楽や心の動きと向き合って、それを具現化するような棚づくりをするのです。

「この有田は、よりよいものを作ることだけを考える人々が暮らす職人の町であり、モノづくりの産地です。だからこそ、お客さま自身にも、この店でショッピングしていただく際には頭を使ってほしいんです。自分自身ではなく、他の誰かによって演出されすぎている物事に慣れてしまうと、センスが養われませんから。一方で、自分が苦労して身につけたセンスは、一生のものになります。もちろんこの考えを押し付けるつもりはありませんよ。そういう感覚を共有したいなと願っているんです」
高塚さんはよく店の中をぐるぐると歩いてみて、お客さんの視線がどのように動くのかをシミュレーションするそう。その中で生まれたとっておきのコーナーが、道路に面した窓側の壁面に設けてある大きな棚でした。
 

人の習性から考えた結果、置くようになったお気に入りの棚
大きくてインパクトのある家具を取り入れたかった。高い天井にふさわしい、大きな何かを。そこで壁面を利用して棚を作ってもらうことにしました

「お客様の動き、人の習性から考えた結果、置くようになったお気に入りの棚です。これを作ってくれたのが里山さんなんですよ」と言って、高塚さんは嬉しそうに窓辺へ視線を向けました。よくよく見ると、棚には鳥をモチーフにした陶器のオブジェ、ガラス素材の急須、ステンレス製のケトルなどが置かれていて、なんだか心持ちを軽くする、リフレッシュの空気を感じます。

「店に入って、ずっと目の前だけを見るような、そういう退屈な目の動線にはしたくなかったんです。上を見せたいし、下を見せたい。モノをそこに置くことは、視線をそこに動かしてほしいという意志の現れ。店のあちこち、いろんなところに動かしたいんです。ずっと同じ場所に突っ立っていると体が鈍りますよね。感覚だってそう。感情の行先をこちらが作ってあげて、積極的に動かしていきたい。この店の中で、できるだけたくさんの充実感を持って帰ってもらいたいんです。だから、この場所に、大きくてインパクトのある家具を取り入れたかった。高い天井にふさわしい、大きな何かを。そこで壁面を利用して棚を作ってもらうことにしました」
 

有田町 bowl
有田町 bowl

高塚さんが里山建築の存在を知ったのは、まだ高塚さんが「HANAわくすい」に勤めていた頃。賢太さんとの共通の知人が多かったこともあり、この棚を作ることに決めた際にも真っ先に頭に浮かんだそう。

「レジのところにはBARのような木のカウンターがあり、そこが空間の一つのアクセントになっています。そのちょうど対極になる棚なので、木の材質には特に頭を悩ませましたね。最終的にやや明るめのレッドシダーの一枚坂を組み合わせて作り上げました」という賢太さん。

高塚さんはその言葉を受けて、「やっぱり、こういう風にピンときてくれるというのが良いんですよね。面識のない家具屋さん、大工さんにオーダーすると、きっと提案されるのは集成材になると思うんですよ。集成材自体が悪いというのではなくって、こういう素材感がしっかりと出た木でないと、この空間には似合わない。そのことをわざわざ話さなくても共有できていることが大切なんです。きっと、そこが抜けてしまうと、用は満たすかもしれませんが、美は満たさないんですよね」と笑顔で続けます。
 

里山建築

もう一つ、里山建築が手掛けたのが店舗奥のスペースに設置されたディスプレイウォールです。元々、セットのようにして置かれてある平台があり、陶器市の際にはそこに帽子とバッグを並べて売っていました。
「日差し対策の帽子、戦利品の持ち帰り用としてのバッグ、いずれも飛ぶように売れていたので、もっと気持ちよく選んでもらえるようにしたいなと考えたのが元々のきっかけです。せっかくだったら帽子のディテールがしっかり一目でわかるようにしてほしいとお願いしました」

店舗奥のスペースに設置されたディスプレイウォール

賢太さんは「帽子が平面で見せられるような棚を作るのはすぐに決まって。あとはその活用方法ですね。先に置かれていた台も活かせるよう、カラーリングは白にし、高さ、厚み、幅を検討しました。陶器市以外の時にフレキシブルに利用してもらえるよう、あえてフックは固定させず、穴をいくつか開けておいて、そこに棒を挿すことで自由にレイアウトできるようにしています」と教えてくれました。
 

有田町 bowl
有田町 bowl

「bowl」が誕生して2年。店はすっかり地域に溶け込み、もっと以前からそこに存在していたかのような涼しげな顔で通りに佇んでいます。近頃、高塚さんが感じているのは、スタイルからスタンスへの感覚の移ろいです。
「ずっと、ライフスタイルが声高に言われてきましたが、そこからさらに一歩先に進んで、これからは個人個人のスタンスが重要になってくるように思うんです。ある程度、ライフスタイルというのは浸透してきていますから、自分のスタンスを持っているのか、持っているならどういうスタンスなのか、そこが問われるような気がしますね」
 

有田町 bowl

時代はライフスタイルからライフスタンスへ———不意な一言だったので、その時は「そうですよね」と軽く相槌を打ちましたが、今、こうして文字にしていると、とんでもないことを聞かせてもらえたなと体を震わせる自分がいます。

流行を追うのではない。これからはさらに個人にスポットがあたる。高塚さんはその個人に寄り添っていくのだと飛びきりの笑みをこぼしました。そういえば、感情や感覚によるカテゴライズを施された店のディスプレイも実に人間的で、高塚さんという一人の人間と接したように思えます。

買い物はとても楽しい行為です。ストレス発散で買い物をしてしまうという人もいるように、確かにテンションは上がり、スカッとします。ただ、それは買い物自体の話で、その後には買ったモノとの長い、長い生活が始まります。

「ドキドキではなく、似合うこと。そういうものをきちんとこの場所で届けていきたいんです」という高塚さんの言葉はひたすらに真っ直ぐでした。

 

bowl(ボウル)高塚さん
Text:Yuichiro Yamada(KIJI)
Photo:Yuki Katsumura

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